2015年09月
庭劇団ペニノ「地獄谷温泉無明の宿」無事千秋楽迎えました。
もうネタバレになることも明かしていいかな、と思うので。
お芝居の中で三味線を弾きました。
しかも教える側ということで上手くないといけない。
台本を受け取ったのが六月の五日だったか、もう本当にびっくりしてしまって。
四月にオーディションと言っていいか、タニノさんと面接して。
その時に長唄を習っているけど、三味線には挫折して、というお話をしたかもしれないけど。
青くなった。
三味線弾くことの大変さだけは知っているから。
というか、まず調弦が満足にできないし。
結果として、もう一度三味線習うことになり、きっかけを与えてくださったタニノさんには感謝しています。
で、以下は6月27日のFacebookの記事。
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バラバラに壊れてしまったお三味線。只今修理に出しています。
今の長唄の師に入門してからどのくらいになるのかなあ。うちの子が小学低学年だったから20年は経っているんだよね。
文学座の研究生だった頃、主事の吉兼保さんが、「お稽古ごとをやったほうがいいよ。芝居のためじゃなく自分のためにずっと続けなさいよ。」
...
その時はどういう意味かわからなかったし、貧しくてお稽古ごとどころじゃなかった。
子供が生まれて、少し経済的にも余裕ができて、長唄のお三味線を始めました。
芝居がやりたかったけど、時間がなくて全然できなくて。
だから、熱心にお三味線稽古した気もする。よく憶えていないんだ。
芝居ができるようになって、お三味線をさらうのが辛くなって、お唄ばっかりやるようになった。
そうしてある日、しまいこんでいたお三味線を出してみたら、皮が破けているだけでなく胴がバラバラになっていた。
お三味線が嫌いになったわけじゃないけど、こんな状態になったことは先生に言えないし、それからもずっとお唄の稽古しかしてこなかった。
もう、10年も前だ。
去年だったかなあ。
「お三味線まだ持ってる?」って先生に聞かれた。
「あるけど壊れてます。」
いや、あるかどうかはっきりしなかったんだよね。断捨離とか凝ってたし。捨てたかも?
「直せるからね。楽器が可哀想だよ。」
うわあ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
でも、またお三味線やりたいとは言い出せず。
だったのに、ひょんなことでまた三味線を弾くため、修理にだしました。
「三味線はね、どんなに壊れても修理ができるんだからね。」
はい。これからは大切にします。